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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)515号 判決 1985年10月29日

控訴人(附帯被控訴人)(原告)

武田茂治

被控訴人(附帯控訴人)(被告)

土井利毅

主文

1  控訴人(附帯被控訴人)の控訴に基づき原判決を左のとおり変更する。

(一)  被控訴人(附帯控訴人)は控訴人(附帯被控訴人)に対し一〇五三万一九七一円とこれに対する昭和五九年七月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。

2  附帯控訴人(被控訴人)の本件附帯控訴を棄却する。

3  訴訟の総費用中、附帯控訴につき生じた分は附帯控訴人(被控訴人)の負担とし、その余の分はこれを一〇分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の、各負担とする。

4  この判決は1項の(一)につき仮に執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人。以下単に控訴人という。被控訴人についても同じ。)は控訴につき「原判決を左のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し一一一三万五九一四円とこれに対する昭和五九年七月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、附帯控訴に対し附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人は控訴に対し「本件控訴を棄却する。控訴人の当審における拡張請求を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき「原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は左のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一(ただし、原判決三枚目裏九行目の「以上」を削除する。)であるからこれをここに引用する。

(控訴人の主張)

当審における主請求金額一一一三万五九一四円中、原審での主請求金額一〇七九万一〇〇二円を超える部分は次の理由により拡張したものである。

すなわち、まず、原審での請求額は主張にかかる損害金額の一部請求であつたが、これを全部請求に改めたうえ、次の二点の金額を変更する。(イ) 請求原因三2(一)の治療費相当損害金四五六万九〇七五円のうち患者負担分である診断書料三〇〇〇円を控除する。(ロ) 同三3(二)の将来における逸失利益相当損害金の計算根拠を後記括弧内のとおり改め、これに伴い従来主張の金額七五万四六七三円を八六万五四九二円と改める(症状固定後の後遺症により将来少くとも二年間は労働能力の一三・二パーセントを喪失したことが明らかであるから(甲第二四号証の一)、この間万全の状態で得べかりし収入利益一年間三五二万三二四八円―一カ月二三万四七〇四円の給料の一二カ月分と二回の賞与七〇万六八〇〇円の合計―に二年のホフマン係数一・八六一および前記労働能力喪失率〇・一三二を乗じた金額)。そうすると、損害金額の合計は一〇九一万四七六四円となる。

次に、右の額のうえにさらに治療費相当損害金二一万二七五〇円(昭和五九年四月二一日から同年七月二四日までの実日数一五日にわたる通院期間中の治療費)とその間の通院のための交通費相当損害金八四〇〇円(一回五六〇円の一五日分)とを加算する。これは、従来、控訴人の治療は昭和五九年四月二〇日に終了し、同日症状が固定したと主張していたが、実は、控訴人は同年七月二四日まで通院していたので、この期間の損害額を加算したものである。

以上により請求額は合計一一一三万五九一四円となる。なお、附帯遅延損害金算定上の起算日は右症状固定日繰下げに照応して繰り下げ昭和五九年七月二五日からとしたものである。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張中、当審での拡張請求にかかる新主張は否認する。

証拠関係は原当審記録中の各証拠目録記載のとおりであるからこれらをここに引用する。

理由

第一本件交通事故と帰責事由

本件交通事故(要するに、被控訴人運転の普通乗用車が控訴人運転の普通乗用車に追突した事故)が発生したことは当事者間に争いがなく、また被控訴人が自賠法三条に基づき控訴人に対し、控訴人が右事故によつて蒙つた人身上の損害を賠償する義務の存することについても、被控訴人はこれを自認しているところである。

第二損害

そこで、控訴人の蒙つた損害とその額について検討する。

1  (受傷と治療経過等)

様式により真正に成立したと認める甲第三ないし第一〇号証、第一六ないし第一八号証、第二六ないし第二八号証に原審証人薄木正敏の証言および原審での控訴人本人尋問の結果の一部を総合すると、控訴人は前記事故により頸部損傷の傷害を受け、ひいては災害性自律神経失調症状をも呈するようになつたのであるが、その治療のため、事故の翌日(昭和五八年三月七日)から同年六月六日まで九二日間うすき病院に入院し、翌日から昭和五九年七月二四日まで実一八二日間同病院に通院して治療をした結果、右七月二四日症状は固定したが、なお後遺症として局部に神経症状を残したことが認められる。

2  (治療関係費)

(一)  治療費

(1) 前掲証拠によれば、控訴人は前記治療を受けたためうすき病院から合計四七八万一八二五円の治療費(控訴人が控訴を主張する診断書料三〇〇〇円を差し引くと四七七万八八二五円)の請求を受け、これを支払う義義があることが認められる。

そうすると、控訴人の蒙つた治療費相当損害金は四七七万八八二五円であるというべきである。

(2) もつとも、前掲甲号各証(うすき病院の診断書および診療報酬明細書)および成立に争いない乙第七号証(春日H、P、証明)の一ないし三(事故当日応急の治療を受けた春日外科のカルテ等)を通覧すると、控訴人の症状およびその治療経過については次のような事実が認められる。すなわち、(イ) うすき病院で控訴人の訴える症状は当初は頭重感、両上肢倦怠感、嘔気、夜間不眠、項部つっぱり、腰痛、耳鳴、手足のしびれ感等であつたが、後には眼科的訴え、胸部圧迫などの不定愁訴が主となつたこと、事故当日(日曜日)応急措置を受けた春日外科では手足のしびれはないと述べ、またその訴えるところはコンプレイントオーバー(訴え過剰)であると診断されていること。(ロ) 控訴人はうすき病院入院中糖尿病の既往症等をも訴えその治療も受けていること、(ハ) うすき病院での注射、投薬状況は原判決七枚目表一一行目から同八枚目表六行目までに説示しているとおりであつて、連日にわたる注射投薬もあり、一見素人目にはやや過剰診療の気味がないでもないこと、(ニ) うすき病院の治療費の計算は健保単価(一点一〇円)の二・五倍すなわち一点単価二五円を基準としていること。

そして、右各事項によれば、前記治療費中には本件事故によつて生じたものとしては不相当な部分が存するかのように思われないではない。

しかし、これらの疑念についてはそれぞれさらに次のような事情または背景が認められ、結局、前記治療費は全額本件事故によつて生じた損害であると解するのが相当である。すなわち、まず、(イ)の点については、一般に傷病に対する訴えには個人差の存することは経験則の教えるところであり、ことに本件のようないわゆるむち打ち症については患者自身でないと理解できない不定愁症があることも顕著な事実であつて、控訴人の訴えにつき格別これを過剰であると非難すべき合理的理由はないと考えられる。(ロ) 次に、既往症の治療については、様式により真正に成立したと認められる甲第二三号証(糖尿病レセプト)の一ないし一四によれば、なるほど控訴人はうすき病院での治療期間中、糖尿病、高脂血症、あるいは胃炎、口唇炎等本件交通事故との直接の関係を認め難い疾病の治療をも受けているのであるが、これらの治療費は別途計算されており、前記治療費中には含まれていないことが認められる。(ハ) さらに、うすき病院での注射、投薬等施療方法の相当性についても、一般に、医師は医療の専門家としてその施療方法の相当性についても、一般に、医師は医療の専門家としてその施療方法等について相応の裁量幅を有しているというべきであつて、特段の事情もないのに、第三者が当該治療方法を不相当と断ずることは困難である。これを本件についてみても、これを過剰診療と断ずるに足る確証はない。ことに原判決指摘の注射、投薬中、その相当性につき一応の疑念がないでもない分について検討するに、成立に争いない甲第二一号証の一、二(医学大辞典の「自律神経失調症」の項)、第二九号証の一、二(「薬物療法の実際」と題する書籍)およびそれぞれ後に掲記する甲号各証(各注射薬品の効能説明書)を総合すると(1) キシリツトは、糖尿病用糖剤ではあるが、糖尿病患者の点滴溶剤としてぶどう糖液の代りに使用することがあり、本件もその用法が推認されうる。(2) オラミン3B、コカルボキシラーゼはむち打ち症の治療に適切なビタミンB剤である。(3) メクロサートは頭部外傷後遺症のほか脳幹機能賦活調整用にも使用される(甲第三四号証)。(4) カリレチンは循環系ホルモン剤であるが、血管拡張剤でもある(甲第三五号証)。(5) ハイゼツトは更年期障害用剤でもあるが、頭痛めまいしびれ等にも効能がある(甲第三三号証)。(6) クリアミンA錠はむち打ち症による頭痛等に用いられる(甲第三〇号証)。(7) セルシン錠は自律神経失調、肩こり等に用いられる(甲第三六号証)。したがつて、いずれにしてもこれらの注射投薬が控訴人の治療として不相当とは断定し難いところである。(ニ) 最後に、うすき病院の治療費計算単価(一点二五円)についても、様式により真正に成立したと認める甲第二二号証(「交通事故医療費対策懇談会の要旨」)、成立に争いない同第二五号証(日本医師会の「自賠法関係診療に関する意見」)および前掲証人薄木正敏の証言によれば、右単価は各府県によつて異なつているのが実情で、自由診療の場合の単価は二〇円が原則であるが、他方、兵庫県、京都府下では単価三〇円とする病院も多く存し、これはやや突出して高単価であるため、うすき病院としては単価二五円を採用したものであることが認められる。そして、これらの情況からすると、うすき病院が治療費計算の基礎とした単価二五円は全般的比較としては高いというほかないが、さりとてこれを不当と解することも困難である。

(二)  入院雑費

当裁判所も右雑費相当損害額は六万四四〇〇円であると認めるものであつて、その理由とするところは原判決の理由説示(原判決一〇枚目表三行目から七行目まで)と同一であるからこれをここに引用する。

(三)  通院交通費

控訴人の住所とうすき病院の所在場所(神戸市灘区桜口町四丁目)からして一日の交通費として相当と認める五六〇円に前記実通院日数一八二日を乗じた一〇万一九二〇円をもつて通院交通費相当損害金と認める。

3  (逸失利益費)

(一)  休業損害

当裁判所は、控訴人の蒙つた休業損害はその主張にかかる二六二万一三三四円を下廻るものではないと認めるものであつて、その理由とするところは原判決一〇枚目裏全文のとおりであるからこれをここに引用する。

(二)  将来の逸失利益

前記控訴人の受傷、後遺障害の部位程度に様式によつて真正に成立したと認める甲第二四号証の一ないし三を総合すると、控訴人の本件傷害固定後正常であれば得べかりし逸失利益は控訴人が当審で主張している事実および理由のとおり八六万五四九二円であることが認められ、右金額は本件事故によつて生じた損害であると解すべきである。

4  (慰藉料)

当裁判所も、控訴人が請求しうる慰藉料は一二〇万円をもつて相当と解するものであつて、その理由とするところは原判決がその一一枚目表末行から同裏三行目までに説示するとおりであるからこれをここに引用する。

5  (弁護士費用)

前記のとおり控訴人は特段法律知識のないタクシー運転手であるから、弁護士に依頼して本訴を提起したことはやむをえないところであり、またそれゆえ、これに要する費用は相当の範囲において本件交通事故によつて生じた損害と解することができる。そして、本件事案の内容、難易、審理経過、上来説示の認容額等に照らすと、その額は九〇万円をもつて相当と解する。

6  (合計)

以上の合計一〇五三万一九七一円。

第三結論

そうすると、控訴人の本件請求は被控訴人に対し損害金一〇五三万一九七一円とこれに対する不法行為後である昭和五九年七月二五日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当であるというべきである。

よつて一部これと異なる趣旨の原判決を控訴人の控訴に基づき変更し、控訴人の請求を当審での新請求もあわせて右の限度で認容し、その余はこれを棄却し、被控訴人の本件附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 今富滋 畑郁夫 遠藤賢治)

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